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女性、当時10代後半、飲食店、ホールスタッフ

私は、ブラック企業の代名詞ともいえるようなあの某居酒屋チェーン店にて、ホールスタッフとして勤務をしていました。
飲食店への漠然としたあこがれとその知名度からなんとなく選んだその会社で、当時まだ10代後半で社会の常識や法律ををほとんど知らなかった私は、間違った労働観を植え付けられてしまうこととなりました。

 

 

今となって思えば、面接の時点で休憩室に布団が敷かれていたことや、面接試験として社長のドキュメンタリービデオ的なものを見せられ感想文を書かされた時点で引き返すべきだったのでしょうが、当時の私にはその異常さがまだわかりませんでした。

 

 

まず初めに衝撃を受けたのは、その無償労働の多さでした。最初の丸一日を潰す新人研修はもちろんのこと、月一回営業時間外の昼間に行われる3~4時間にもわたる「勉強会」。それらすべてにはもちろん賃金は支払われません。私たち新人はまだマシなほうで、「バイトリーダー」的な謎の役職らしき名前をあてがわれたベテランのアルバイト従業員は、アルバイトにもかかわらず、営業時間外の仕入れや仕込みなどを、日常的に、もちろん無給で手伝わされていました。
店長や副店長など、役職を背負った人たちは、言葉通り、朝から晩まで仕事があるようで、店内の5畳もない休憩室で小さく丸まり、寝泊まりしているのを目撃することも珍しくありませんでした。休憩室のテレビからは毎月送られてくる社長の新作ドキュメンタリービデオが再生され、壁には「365日24時間死ぬまで働け」等、標語のようなものも飾られていました。

 

 

土日や祝前日などの、忙しいとされる日には多めに従業員が配置されました。ですが、人件費削減のために、ホールスタッフが6名出勤していても、店長判断で「この状況なら4人で回せる!」などと言い出し、残りの2人は休憩室に戻され、さらに忙しくなるまで「待機」と呼ばれる状態にさせられます。もちろんその間の賃金は発生しません。ですがいつ忙しくなるともわからないので、店外に外出することは禁止され、小さな休憩室でただただ待つことを強制されます。ひどいときには一度もタイムカードを押すことなく、「今日は忙しくならなさそうなので帰って。」と待機だけをさせられたのちに、帰されることもありました。
人件費削減のために、少人数で仕事をこなすことを最優先にするので、必然的に長く働いている人が優先され、結果的に、ベテランは毎日毎日長時間、ぎりぎりの人数の中働かされ、新人たちは仕事ができないので出勤しても待機させられることが多く、従業員内の仕事のバランスがとても悪いと感じていました。

 

 

店長などのポジションになるとさらに厳しく、毎日従業員が犯したミス(醤油をこぼした、グラスを割った、数分遅刻をした、など些細なもの)をすべて、報告書にまとめ提出する決まりがあったようでした。深夜営業後に閉店作業を終え、さらにそこから報告書をまとめ、翌日も朝から仕入れ作業にとりかかるという激務を押し付けられていた店長は、ある日突然姿を消しました。
その劣悪な労働環境のせいか、突如いなくなる従業員は少なくなく、その穴埋めをするために、責任感の強いベテラン従業員がさらにこき使われるという負のループが起きていました。

そんな労働環境を周りに話しているうちに、徐々にそれが「かなりおかしい状態である」ということに気付きはじめた私は、約1年間の勤務を経て退社することにしました。以後新たに働きだした勤務先では、そのホワイトさに驚きを隠せませんでした。

 

 

私が勤務していた約6年前から、「ブラック企業である」という噂はまことしやかに囁かれてはいましたが、ちょうどそのあたりから、社員女性の自殺過労死認定問題や、社長の発言が物議を醸すようになり、世間でのこの会社の評価はさらに下がってゆきました。ブラック企業での就業経験が、生きる場面が一つあります。それは新たな職を探すときの面接の場。履歴書にその企業名を書くと必ずといっていいほど、「○○で一年も働いていたの?すごいね。」と褒められます。忍耐強さをアピールする何よりの方法です。

 

 

私は持って生まれたその責任感の無さから、一年という期間でそのブラックな世界から逃げ出すことができました。ですがブラック企業の世界はなんとも理不尽で、責任感のある人ほど被害を受けます。当時同時期に入社した同年代の責任感のあるバイト仲間は、「私もずっと辞めたいとは思っているけれど、今私まで辞めるとホールが回らなくなる。」と言いあの職場に残りました。現在彼女がどうしているのかはわかりません。今でもあの5畳で、毎日寝泊まりしているのでしょうか。