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出版業界・編集兼ライター・20代前半・男性

規模が縮小していく出版業界。
大手出版社以外の新卒募集は希少で、多くの出版社は即戦力を募集しているのが現状です。
多忙を極め残業が多い、けれど給料は安い業界。
そうと知りつつ、夢と希望を胸に、小さな出版社に滑り込んだのが、新卒で穢れを知らない当時の私でした。
給料?そんなもの生活できるだけ貰えればいいさ。
残業?大好きな本や雑誌をつくれるんだから、楽しんでできるじゃないか。
そう思っていました。
出版業界を志望する方には、同じ考えの方が多いように思います。
もしも想像以上にキツかったら、経験を積んで他社に転職しよう、出版業界は転職が多いと聞いているし、などと考え、特に下調べもせず、出版社だからという理由だけで入社を決めました。
その出版社がどうしようもないブラック企業であることを知らずに。

 

 

その出版社は10名から20名ほどの規模で、都内のビルの一角にオフィスを構えていました。
人数が曖昧なのは、人の入れ替わりが非常に激しく、常時入社、退社が繰り返されていたためです。
私が入社した直後に、数か月勤務していた方が退社し、その1週間後に1名が入社するという状態でした。
離職率はすさまじく、小規模な会社なのに、1年間に10名以上が辞めていました。
デスクを1人1つ割り当てられるのですが、入れ替わりの激しさのため、誰がどこに座っているのかを時たま忘れる程でした。

 

 

何故そこまで離職率が高いのか。
給料が安い、残業が多いというのは、出版社に入ろうと思う方ならある程度覚悟することだと思います。
月給の面では事前に言われていた通りに支払われましたし(もちろん安いですが)、残業も毎日毎日終電という程ではありませんでした(ある程度の時間までなら残業代も出る)。
新卒の、それこそ私のような社会人未経験者だったならまだしも、編集プロダクション出身の方や、他業界から転職された社会人経験のある方であれば、耐えられるレベルに思われます。
しかし事実、数日の徹夜は当たり前だったという編集プロダクション出身の方も、数か月で去っていってしまいました。
彼を含め、辞める方は口を揃えて言っていました。
「あの社長には耐えられない」と。

 

 

その出版社は一つの雑誌を刊行しており、社長がその雑誌の編集長を兼ねていました。
企画はその社長と古株の社員二人で決め、残りの業務を他の社員が担当します。
残りの業務の間は、社長は非常に暇なご様子で、社員が働いているかを常に監視しています。
雑誌の編集作業と共に、web記事の作成、編集兼ライターという肩書ですが営業も行う社員達の仕事を逐一チェックし、ミスはもちろん、少しでも気に入らない部分があれば怒号が飛びます。
それだけでしたら古き良き、出版会社の編集長じゃないか、という印象ですが、それだけでは済みません。
気に入らない社員相手には相手の人格を否定するような悪口を平気で仰いますし、言い訳をしようものなら「嫌なら辞めろ」、「お前向いてないんだよ」と退社を促します。
ある方は、帰宅後や休日に何本も電話がかかってきて、勤務態度の悪さを数時間かけて責められたそうです。
他の社員へも「あいつは会社のお荷物だ」、「あんなゴミになんで金払わなきゃならないんだろうな」等発言し、気に入らない人間を疎外するような雰囲気を作り出していました。

 

 

そんな社長が常に同じオフィスにいるわけですから、社内の空気は最悪で、始業時間から休憩中、業務終了後も含め、私語はほとんどありません。
キーボードを叩く音、電話での業務連絡、仕事の指示、そして社長による怒鳴り声のみが聞こえる職場環境です。
仕事ですから、楽しい雰囲気がいいなあ、と考えるのは確かに甘いのかもしれません。
しかし、あの雰囲気で毎日毎日仕事をしていたら、精神を病んでしまうこと請け合いです。
実際、退社される方の中にはうつ病と診断された方も多くいました。
もちろん休職が認められることはなく、勤められないなら辞めてねと言われ退社を余儀なくされていました。
妊娠、出産、子育てに関しても同様で、過去に妊娠した方は皆問答無用で退職させられたそうです。
本当に、暴力以外全てのハラスメントが詰まった職場でした。

 

 

私も入った当初は、「ひええ、すごいところに入社しちゃったぞ、でも他の出版社を受けられるように1年は勤めよう」と考えていましたが、次第に意欲が薄れていきました。
社長に怯え、ミスのないように、膨大な作業量をこなす毎日。
先輩に業務について質問すれば、「お前そんなことも分からないのか!」と社長からの罵声が飛んできて、そこからお説教へと繋がります。
社長は定時に帰宅しますが、社員はその日の業務を終えるまで帰れず、数時間残業しても終わらない場合、持ち帰って次の日までには終わらせなくてはなりません。
誰かが辞めれば他の人がその業務を分担するため、個人の努力で業務時間短縮などできません。
締め切り前には持ち帰る仕事の量が膨大となり、休日も家で仕事をすることがほとんどでした。
いつも仕事のことを考え、沈んだ気持ちで毎日を過ごしていました。

 
そんな日々が10か月程続き、会社の顔ぶれが半分以上変わった頃、あるイベントがありました。
それは、雑誌が扱う業界における年に1度の大きなイベントで、社員のほとんどが取材に向かう程、特集記事としてページを割くものでした。
私も同行し、多くのブースを回る予定でした。
雑誌の中に、自分が取材し書いた記事が載るというのはやはり嬉しいものですし、転職の際の資料にもなります。
しかし当日、なんと社長が非常に重要な書類を会社に置き忘れてきてしまったのです。
会場から会社までは電車で数時間、往復するとイベントはほぼ終わってしまいます。
取りに行けと指名されたのは私でした。
悔しさをこらえ、仕方がない、取材記事は他の機会に書ける、1年耐えれば来年もあると自分に言い聞かせ、電車を乗り継ぎ取りに戻りました。
数時間かけ会場に戻った際、社長は私を物陰へと連れていき、蹴りを入れてこう言いました。「おせえんだよ!このノロマが!」
私の目をのぞき込み、睨みをきかせた後、社長は去っていきました。

 

 

一瞬社長が何を言っているのか分かりませんでした。
要した時間はどの交通機関を使っても必要だった最短時間のはずですし、何より社長が書類を忘れなければこうはなっていなかったはずです。
ようやく社長の言葉が飲み込めた際、自分の中で何かが崩れるのを感じました。
涙が流れるのをこらえきれず、トイレに駆け込んで泣きました。
嗚咽はなんとかこらえられても、目から涙がずっと出続けるのを止めることができず、ぼーっとトイレに座っていたら、夜になっていました。
携帯には社長や同僚から何十件も着信がありましたが、かけなおす気にはなれませんでした。
翌日の朝も、どうしても家のドアノブを回せず、気が付けば夕方になっていました。
そんな日々が数日続き、精神科へと行ってみるとうつ病の診断を受けました。
会社に連絡すると、既に私は退社したという扱いになっているらしく、私物は郵送するから、という報告を受けました。

 

 

それから数か月の間、何もする気が起きず、再就職のことを考えただけで吐き気を感じました。
学生時代からの貯金も底をつき、生きるためにアルバイトを始め、その数か月後にやっと再就職へと動き出すことができました。
現在は全く別の業界で働いていますが、今でも何かきっかけがあると、あの職場のことを思い出し、気分が悪くなることがあります。
私は比較的早く再就職できましたが、悪ければ人生を大きく変えかねません。
人をうつ病にまで追い込むブラック企業からは早々に逃げることをおすすめします。