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通信業界・電話営業・20代後半・男性

数年前までいわゆる「ブラック企業」に勤めていました。
入社した頃は、明るくてやる気に満ち溢れている先輩方に憧れて、「いつか自分もこんな風に輝くぞ」と思っていたものです。
でも、実際は先輩方の明るさ・やる気というのは、ある種のハイになっている状態であったと今になっては思います。トランス状態とでも言うでしょうか。
もちろん、自分自身もそのトランス状態に知らずのうちになっていました。
なので、退職するまでは、飲み屋で友人に「お前の会社はブラック会社だ、辞めたほうがいい」と諭されても全く聞く耳を持たない状態でした。

 
僕の勤めていた会社は、他社から委託された商品を営業する代理店のような会社でした。
その中で僕がいた部署は、電話での営業部門でした。
特定が怖いので、取り扱っていた商品を記すのは避けておきます。念のため。
ブラック企業のトランス状態とはどのようなものなのか?
詳しく書いていこうと思います。

 
僕にとってこの会社が、初めての会社でした。
まず、僕がこの会社に入った理由ですが、一つは営業で自分の力を試してみたかったということです。
学生の頃から、人を説得するのが得意でした。
と言っても、大それたものではなく、例えば友人がどちらの服を買おうか迷っている時に僕の提案で即決する、などそういう些細なものだったんですが。
他にも、僕が勧めた本やパソコンを友達が買う、なんてこともありました。
もしかしたら僕には営業の力があるんじゃないか?そう思って営業に興味を持ちました。
さらに、この会社で働いている人たちがとても輝いて見えたのもあります。
本当に、イキイキと魅力的に見えたんですよね。当時の僕には、ですけれども。
でも、実際はそれは作られたものだったんです。
作られたイキイキさとは何なのか?
今でも、それが何から作られたものかはっきりとはわかりませんが、今ではその雰囲気が嘘っぽくて気持ちの悪いものだったと判断できます。

 
僕の会社は、朝礼から始まります。
まずは、社長の朝の挨拶があり、その後に社訓の斉唱をします。
社訓を斉唱するのは、きっと今の時代では珍しいことなんですよね。
転職してから初めて知りました。
その社訓というのが、どのようなものかというと、永遠と「やればできる」「思えば叶う」「思考は実現する」「努力」「努力」「努力」といった内容を復唱するというものでした。
数十人の社員が大声でこれを叫ぶのですから、異様な光景ですよね。
でも、当時は全く不思議には思っていませんでした。
社訓は、新入社員の時に暗記させられました。
社員全員で大声で社訓の斉唱、これでマインドコントロールされていたのかもしれません。僕はこの朝礼で毎日テンションが上がっていましたから。
他の社員もそうだったと思います。
本当に1日の気合が入るのです。
たまに社長の「声が小さい!」という喝が入り、さらに大きな声を張り上げました。
これもすごく気分を高揚させてくれました。

 

 

営業活動に関しては、とにかくリストの片端から電話をかけまくりました。
多い日は、1日数百件でした。
契約がとれるのは、ほとんど運だったと思います。
しかし、当時は「運」だとは思っていませんでした。
努力のおかげだと本気で思っていました。
契約が一本も取れない時は、上司から「気合が足りない」と叱咤されました。
「お前は、契約が取れると思っていないから取れないんだ。なぜそこで諦めるんだ。気合を見せてみろ。」と。
そんな言葉に僕は本当に激励されていました。

 
期待を裏切ってはいけない、契約を取らなければ、と奮起しました。
当時の僕を知っている友人によると、その時の僕は常にギラギラとした目をしていて怖かったようです。
「5時の終業時刻を迎えると、全員タイムカードを押しに行く」と友人に告げると、「ブラック会社ではないか」と心配されました。
そうなのです。5時の定時を迎えると、残業にならないようにタイムカードを押さなければならないのです。
もちろんタイムカードを押したからといって家へ帰れるわけではありません。
そのまま終電近くまで仕事をするのです。

 
「できるやつは早く帰れる。仕事ができないから早く帰れないだけ。」とみんなが思っていました。でも、8時間で終わる仕事量とは言えませんでしたし、自分だけ早く帰れる雰囲気ではありませんでした。
あの時の給料を自給に換算したらどうなるんだろう。
怖くて計算できません。
そういえば、こんなこともありました。
仕事に行き詰まり、仕事のやる気が出ず、退職なんかを考え始めた時に限って、タイミング良く「昇進」が決まるのです。
でも、この「昇進」は何にもならない昇進です。
ただの肩書きを与えられただけと言うのでしょうか。

 
僕の会社には、リーダーと呼ばれている社員や課長と呼ばれている社員が何人もいました。
こうやってちょっとした肩書きを与えることで、認められて気分になって、また頑張ってしまうのです。
それでも僕は何も不思議に思いませんでした。
今思うと、なんとなくカルト信教のような雰囲気だった気もします。
僕は結局、実家の都合で退職をして田舎に戻ったのですが、当時の同期とは全く連絡を取っていません。
本当に、辞めて良かったと思います。