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自動車部品製造機械 技術者 20代後半 男性

以前勤めていた、自動車部品製造機械関係の話しです。
自分は、20代後半頃に加工技術者から設計技術者になりたくて自動車製造機関連の中小企業に就職をしました。
そちらでは、設計~搬出までを自社のみで行う会社で従業員数7名で業務分担を行っていました。
少人数でしたが仕事は多く業務自体も多くあります。
大体、朝7時~深夜2時までの業務時間です。

 

 

取締役が二人居て派閥などもある会社でした。
業務の内容ですが、設計~部品図面の作成を行い、部品加工業者に発注し完成部品を業者などから購入する
その後、組み付けし納品といった流れになります。
人間ですし、納期も短いことからミスも多くあります。
ミスが発生した時は、徹夜で作業し納期に間に合わせます。
もちろん、徹夜した後も通常業務を行います。
人数が少ないので、余裕はありませんでした。
お盆休みや、祭日は返上し業務を行います。
基本的に休日には、自宅に持ち帰りPC作業を行います。

 

 

会社の感じですが、設計者にはミスが無いように取締役が厳しくチェックし罵声を浴びせながら何度も書き直しをさせ
取締役が納得するまで、書き直しは続きます。
取締役は喫煙者であったため、数人(派閥の人間)を集め小言を言うのが日課になっていました。
この小言に賛同しないと、非賛同者も後々小言を言われ居場所がなくなります。

 

離職者は三ヶ月に一人の割合で入れ替えられますので標的になると三ヶ月後には居なくなります。
そんな状態での業務ですので、いくらチェックしていても組み付け作業時にミスが多く時には怪我人も出ますがもちろん労災認定はされませんし
医者代も自己負担になります。
自分の指の骨折などがありました。
骨折していようが休む事は許されませんし、業務に支障の出る通院も出来ません。

 

取締役が二人居ると書きましたが、取締役同士も仲が悪く表向きだけ仲良しをしています。
なので、狭い建物の中で他業者が複数いらっしゃる時は大変です。
パーテーションなどで仕切り、立会いを行いますが休憩時間などが被ってしまいもめる事もしばしばあります。
拘束時間ですが、労働基準法の労働時間を軽く越えており業務指導も受けたりしていましたが、中では二重帳簿などの策がこうじられていました。
出張も多く、深夜に高速を走り帰社することも多くありました。

 

 

今でも、思い出すのですが笹子トンネルが崩落前日に出張に行っており、深夜3時にトンネルを通過していた事です。
トンネル崩落後も出張先に行ったという事がありました。
多分一生忘れないと思います。

 

 

給料は、そんなに良くなくそれだけ働いても20万前後が良いところでした。
当時、結婚したてでしたのでプライベートの時間が無いのは非常に苦しかったです。
それでも、2年ぐらいはその職場で働きました。
収入が無くなる不安や再就職できるのか分からないといった不安があったからです。
自分が入社して一年になる頃だったと思います。
先輩社員が退職しました。
そこから、さらに業務量は増えていきました。

 

 

12月に先輩社員は退社し引き継ぎもせずに居なくなりました。
しかも、業務は途中で止まっており残った社員で行わなければなりません。
そのときの人数は、設計3人、電気2人でした。
設計が組み付けや発注などの作業も行いますので一人に掛かる業務量は、計り知れない負担です。
もちろん他の業務もありましたし納期もありませんでした。

 

 

そして、ブラック企業の本領発揮です。
業務時間は常に15時間越えで、祝祭日返上、クリスマスは残業で大晦日も残業し新年も会社で迎えました。
さすがに、元旦だけは休みでしたが、自宅で進めろ!との御達しがあり休めませんでした。
そのまま業務が膨れ上がり、ゴールデンウィークは日曜のみでお盆休みなしになりました。
その頃からだったと思いますが離職を考え始めました。
自分も仕事に行って、帰宅だけの毎日に嫌気が差し業務中も転職したい、もっと自由に使える時間が欲しいと思いだしました。

働いている時間と頂いている給料の相違があったりもしました。

 

 

そう思っている中でも、給料が安定的に支払われる安心からか転職に踏み切れずまだ働いていました。
その頃から、喉の渇きや、異常な汗をかくようになりだしました。
それでも、三ヶ月ぐらい普通に業務をこなしていたのですが、突然ある朝身体がピクリとも動かないといったことが起きてしまいました。
さすがにその状態では会社にはいけませんので、妻に会社に連絡してもらい病院に行きました。
検査しても、原因が分からないといった状況で暫くICUに入って下さいといった事を言われました。
後に病名はギランバレー症候群と分かりました。
2ヶ月の入院治療の末退院し会社に出社しましたが、入院中に会社の人からお見舞いは無く出社したときも腫れ物に触るように扱われたこともあり、辞めようと思いました。
健康ではなかったためか分かりませんが、引きとめも無くすんなり退社をすることが出来ました。
こうして、ブラック企業から卒業をしました。