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総合事業・金融部門・20代後半・女性

新卒で最初に入社した会社でした。いわゆる、農協です。

なお、農協と一口にいっても、各農協は別経営なので、私の地域の農協だけに当てはまる問題かもしれません。
大学では経済系の専攻でしたので、農協が行う総合事業の中でも金融へ配属になりました。
もちろん大学で多少の教養はつけたと言っても、実社会で即戦力になるわけも無く、先輩に仕事を教わりながら徐々に慣れていきました。

 

総合事業でしたので、金融のほかにも保険部門や販売部門、農業部門など様々な部署があり、もちろんいずれは持ち回りで色々なところを経験するのだろうと思っていました。
どの部門に居ても、会社自体が総合事業の為、推進活動があります。

 

金融で言えば、金融商品の推進や営業もあります。
もちろん仕事中にお客様に対してすることもあれば、業務時間外で連絡したり自宅を訪問したり、はたまた自分の家族にお願いしたりと、目標達成のためにあらゆる努力をします。
最初は、支店や支部、部署で目標があり、一人いくら等ではなく、全員で最終的にその目標を達成するという形でしたので、いつの間にか終わるといった感じでした。
入ってすぐはもちろんお客様にまだ顔も覚えて頂いてないし、営業に行く先も宛てもなかったので、来店した方への声かけや、家族の協力、自分の申し込みなどで大丈夫でした。
しかし、会社も他社との競争や目標の設定を段々高くしていく中で、一人当たりにのしかかってくる金額が膨れ上がり、全員で協力してもなお足りない状況が続く事態になりました。
達成できないものは上からの圧力や、名前の発表などもあり、責任者である上司が叱責されたりなどもありました。
達成しても、個人や支店には何のプラスもありません。
会社のためになるというだけのことです、ただしその収入から私たちの人件費や経費が出ているのですが。

 

保険部門も然りで、推進営業期間がある時期になるとあります。
その期間で終わらない場合は、期間後も継続して続けます。
新人1年目はもちろん自爆といって、自らを加入させてその金額を達成します。
1年目は仕方ないのかな、入社したし、社員として当然と思いますが、次年度からが地獄です。
このご時勢、皆さんのお財布事情は必要以上の保障に支払をする経済力も無く、営業にいくたびにクレームのような罵声を浴びせられ、毎日夜11時を回って帰るような日も期間中は多くありました。
もちろん、推進期間なので残業としては認めてもらえませんので、ボランティアのようなサービス残業です。
さらに目標達成について、報奨金が出たり、ボーナスが出たりなどというたたえられることも無く、会社の収入が増えて終わりです。
私は人に無理強いをするような事が出来ず、いつも自腹で自分や家族を加入させて数字を稼いでいましたが、毎年毎年掛け金の増加(プランの新規申し込み)に伴って収入に対して支出が増えるばかりでした。

 

販売部門、農業部門においてももちろん営業の推進はあります。
お盆や正月の食品、ご馳走食材の販売やお花や飾り物の販売、農業部門においては、肥料農薬の販売と農機具の販売。
これは担当の地区があるので、自分の担当の地区のお客さんにチラシや申込書を配って回ります。
さらに回収やお届けにも向かいます。
現在は、スーパーマーケットやホームセンターで上記の製品は安く手軽に購入することが出来るので、売上は落ち込む一方でした。
もちろん、社員である自分も購入しますし、定価での引取り等も発生します。
発行している新聞の定期購読、雑誌の年間購入など、不用品でも何でもまずは社員から率先して購入しなさいという暗黙のルールみたいなものがありました。

 

こうしているうちに、勤めれば勤めるほど、会社から支払われる給与に対して、会社に支払う金額がどんどん膨れていき、生活が圧迫されていくばかりでした。
とうとう収入に対して支出が上回るかもしれない限界値が見えてきたときに、精神的にも経済的にも追い込まれてこのまま継続していたら何の為に社会に出て働いているのかが分からなくなってきました。
もちろん、家族にも協力という名の迷惑をかけている状況で、家族にも負担がかかっていました。
大学を出してもらい、これから家にお金を入れたり、奨学金を返済するという状況なのに、それすらも1度も叶わず、また自分も思いつめたりする性格なので、体も壊しました。

 

両親の進めや、友人の心配もあり、退職という道を選びました。
退職後は、加入した保険や、金融商品を解約すれば、しばらくは体調の回復に専念してお休みが出来るかと思いましたが、ここへきてもさらに追い討ちをかけられる羽目に。
加入商品の解約は、同等の商品に加入する方の紹介やその人の加入をもって、私の加入の脱退を認めるというもので、つまりは解約の出来ないものになってしまいました。
金融商品は、満期を持って下りてきますが、保険商品の中には何十年と掛け金を支払う必要のものもあり、結局はそのまま持ち続けて継続することになりました。
毎年の支払は何とか捻出しなければと思い、ゆっくりも出来ずにすぐに仕事を探さないといけない状況となりました。

 

結局これが大きなトラウマとなってしまい、営業という言葉には胃が痛くなるようになってしまいました。
せっかく専攻してきた知識も、生かして仕事をするというよりは、その業界自体が怖くなってしまい、全く別の業界で、しかも数字に追われることの無い事務職という限られた範囲での仕事に就くようになりました。
会社の一員としてのあり方はその会社それぞれだと思いますが、あまりにも最初のインパクトが強すぎて、会社の一員になる、つまり正社員としての雇用に恐怖を感じ、現在では派遣として働いています。