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広告業界、テレアポ、40歳代前半、男性

あれは職にあぶれてどうしようもないときでした。ハローワークで希望年収を伝えると、「はあ?」と鼻で笑われる始末。それで落として落として「年収200万円」で妥協すると、ハローワーク職員もようやく真剣に求人票を探してくれました。

しかし提示されるのは「介護」か「清掃」ばかりです。求人票には「残業は月10時間」と書かれてありますが、ハローワーク職員が「これ、信じないでね」と釘をさします。こちらが「サービス残業は当たり前ってことですか?」と尋ねると、職員は「僕の口からは言えないけど」と言いました。この瞬間、ブラック企業を取り締まることはできないんだ、と感じました。

 

私は大学卒です。年収200万円は妥協できても、「人のうんち」や「人のごみ」といった「汚れ」を扱うことを仕事にするには、抵抗がありました。それに、多少なりとも営業の経験があったので、これを活かしたいと思っていました。つまり、入社の1~2年ぐらいは「契約社員+年収200万円」でも、営業成績を上げれば、「正社員+年収500万円」をつかめるところに就きたかったのです。

 

ただ、結論からいうと、ハローワーク職員の判断は正しかったのです。「40代前半の」「大卒とはいえ恥ずかしくて大学名を言えない程度の大学しか出ていなくて」「営業経験といってもトップ10に入ったことなどない」「男」は、もう、新たな営業職に就かない方が良かったのです。それであれば、資格を取って介護か、長時間働ける清掃の方が、生涯年収を増やせるのです。ハローワーク職員は、長年、毎日毎日、求人票と求職者を見続けているのです。彼らの就職に関する助言は、ほぼ100%間違いないのです。

 

 

しかし当時の私には、妙な自信というか、変なプライドというか、そういったものがありました。そこで、「ハローワークは当てにならない。俺の何を知っているんだ」となり、コンビニで売っている求人雑誌を買い求めるようになりました。ところが、条件が良いところは、「履歴書を送らせてください」という電話をしたときに年齢を聞かれて、「無理だね」と言われます。これが20件以上続くと、次第に感覚がマヒしてきました。うつ状態です。「俺の労働者として価値は、履歴書を見なくても分かるくらい、劣化しているというのか」と。

 

これも「いまから思えば」なのですが、これから紹介する「私が体験したブラック企業」は、無料の求人誌に掲載されていたのです。お分かりですか。コンビニには、有料の求人誌と、無料配布の求人誌の、2つがあるのです。この2つの掲載記事を見ると、体裁は一緒です。社名、住所、業務内容、給料、休日などが書いてあって、「一緒に日本一の売上げを目指しましょう!」といった力強いメッセージが載っています。

 

しかし「有料求人誌」と「無料求人誌」は決定的に違う点があるのです。それは、求人広告の料金です。人を採用したい企業は、求人誌におカネを支払って求人広告を掲載してもらいますが、「無料求人誌」の掲載料は、とても安いのです。つまり、「人を安く買いたい」ブラック企業は、無料求人誌に集まりやすいのです。しかし当時の私には、そんな知識はありませんでした。

 

私の失敗はまだあります。その無料求人誌に載っていた求人広告のキャッチコピーは「憧れの広告代理店で働いてみませんか」だったのです。そう、それはまさに、私に宛てたメッセージに思えたのです。もちろん「経験不問、年齢不問、学歴不問」です。そしてなんと、正社員です。

そしてもうひとつだまされたのが、賃金です。その広告でうたっていたのは、「月給:最低保証額20万円+歩合」「賞与:最低保証額年4カ月分+歩合」でした。さすがの私も、これは「危ない」と思いました。しかし「実際に面接を受けてみれば、真偽が分かる」とも思ってしまったのです。それで電話をしました。

 

最初に電話口に出た女性に「求人広告を見てお電話したのですが」と伝えると、次に、愛想のいい男性が電話口に出ました。男性はあいさつもそこそこに「それでは履歴書を送ってください。なんなら、届けに来てくれてもいいですよ。会社に来てくれれば、すぐに面接して、その場で合否を伝えますよ」と言ったのです。

私は「これは効率的でいいな」と思いました。それで、「履歴書を1時間で書き終えますので、2時間後に会社にお邪魔してもよろしいですか」とお願いしました。電話口の男性は、快諾してくれました。面接はほんの10分で終了。電話での約束通り、「はい、それでは採用します」と言ってから、「明日からでも仕事はありますが」と言いました。ここでも「おかしい」と思うべきでした。正社員の採用を、単なる現場の責任者の一存で決まったことを、疑うべきだったのです。

 

 

それで翌日午前9時10分前に同じ事務所に到着すると、前日の男性がいて、すぐに私を若い男性に紹介しました。若い男性は、私にそこの事務机に座るよう指示しました。机の上には、何もありません。ただ電話機1つと電話帳1冊が置いてあるだけです。机は5つあり、私の分、若い男性の分、そして別の3名の男性の分です。ほかの机も、私の机と同じように、電話機と電話帳が1つずつ乗っているだけです。この5人が1つのチームなのでした。

 

午前9時になると、ホイッスルが鳴りました。驚いて音の方を見ると、面接をした男性が吹いたのです。すると、チームの3人の男性は、電話をかけ始めました。
「こちら、〇〇広報社といいます。こちらの事務所の責任者の方をお願いしたいのですが。実は、条件のいい媒体が出てきましてそれを、総務部長様にご紹介したいんです…」
電話はすぐに切られているようです。でも3人はみじんもめげることなく、電話帳から次の企業を探し、プッシュボタンを押し、
「こちら、〇〇広報社といいます。こちらの事務所の責任者の方をお願いしたいのですが。実は、条件のいい媒体が出てきましてそれを、総務部長様にご紹介したいんです…」
を繰り返すのでした。

 

5分ほどその様子を見ていたら、若い男性が「それでは◎◎さん(私の名前)、仕事のやり方をお教えしますね」と言いました。若い男性は私の横に立っていたのです。
「とはいっても、ご覧いただいている通りです。こちらの3名の同僚のように、電話をかけまくって、広告を取るだけです」
そして、その「条件のいい媒体」を教えてもらいました。それは、地元のバス会社の時刻表の脇に載せる広告だったのです。こういうビジネスモデルです。

 

バス会社は、ネットなどに時刻表を無料で公開しています。この会社は、この時刻表を入手して、A3の紙に印刷します。A3のスペースのうち、時刻表のスペースは半分程度で、残りの半分は白紙状態です。この白紙部分に、広告を掲載するのです。
広告スペースがすべて埋まったら、印刷にかけ、地元の新聞の折り込み広告として、地域に配布するのです。

 

営業電話は巧みです。「地元の新聞の折り込み広告」は、「当社は◎◎新聞社と広告の契約を交わしております」に翻訳されます。「バスの時刻表の広告効果」は「たいていの人は半年以上、冷蔵庫に掲示するので、広告効果は半年あると考えてください」となります。

 

私は「はああああああ?」と感じました。このネット時代、スマホ時代に、「バスの時刻表の印刷物の広告」に興味を示す企業があるのか!?と思ったからです。その予感は的中しました。午前9時から正午ちょうどまで、5人で電話をかけまくって、契約ゼロ。詳しく話を聞いてくれる人もいませんでした。
そうです「こちら、〇〇広報社といいます。こちらの事務所の責任者の方をお願いしたいのですが。実は、条件のいい媒体が出てきましてそれを、総務部長様にご紹介したいんです…」を永遠に繰り返しただけです。

 

 

正午になると、私と3人の男性は、昼休みです。3人ともそのまま机でコンビニ弁当を食べ始めました。私も用意したコンビニおにぎりを食べました。すると、私を面接した男性が、若い男性を呼びつけました。そして昼休みの1時間、ずっと怒鳴り続けたのです。

 

面接の男性は、私と3人の電話対応については、一切触れません。ただただ、若い男性の指導のダメさ加減を指摘するのです。若い男性は泣き始めました。そして「僕が悪いんです」「僕が悪いんです」を繰り返します。そして午後1時、再びホイッスルが鳴ります。吹いたのは、面接の男性です。若い男性は、ケロリとした表情で机につき、電話をかけ始めました。ほかの3人も同様に、電話をかけ始めました。私も電話をかけるしかありません。あれだけ叱られた「上司=若い男性」のためにも、電話をかけるしかなかったのです。

 

しかしようやく気が付きました。「これがいわゆるブラック企業なんだ」と。正社員で入社させながら、採用に関する話は一切ないのです。給料日も聞かされませんし、振込口座も聞かれません。それで午後5時に、3回目のホイッスルが鳴ったとき、私は面接の男性のところにいき、「電話営業は、私には務まらないと分かりました。申し訳ありませんが、辞めさせてください」と言いました。若い男性にも、ほかの3名の男性にも聞こえるように、はっきり言いました。面接の男性は「あっそう。仕方ないよね」とだけ言いました。

 

 

ここまで読んでいただいてありがとうございます。この文章で私が伝えたかったことは、あなたが「おかしい」と感じた企業は、間違いなくブラック企業だ、ということです。そして、辞めるなら早い方がいいでしょう。

 

私はその後、ヘルパーの資格を取り、認知症や寝たきりの高齢者のうんちを毎日取っています。現在の年収は180万円です。でも、この施設では、リーダーになれば年収は220万円になり、施設用になれば320万円になるそうです。介護福祉士の資格を取得して、なんとか300万円をゲットしたいと思っています。