1371521b570430d47948d836a70f40e3_s

 

金融業界(某運送業のグループ会社)・事務職・28歳で退職・男性

過去に私が体験したブラック企業での話です。
はっきり言うと、「ブラック企業」というより、「障害者差別企業」だったと思います。
私には軽度ではあるものの持病があり、治療をしながらの就業となると障害者認定を受け、障害者枠でという形を取らざるを得ません。
2012年に障害者枠採用で都内にある某運送業のグループ会社である金融業者に就職しました。
職種は事務職で、業務内容はデータ入力でした。
雇用形態は契約社員でしたが、実質的にはパート採用で、その形態の社員は全て障害者枠採用の人間でした。

 
ハローワークで開催された面接会で受けた企業でしたが、特に志望動機も聞かれず、その場で2次面接の案内を受けました。
数日後に受けた2次面接も、自己PRを少し話しただけで、その翌日に採用の連絡が来ました。
後から私なりに調べて分かった話なのですが、誰でもいいから採用してしまうというのは、ブラック企業ではよくあることのようで、どうやらその企業も同じようでした。
ある程度の規模の企業は採用しなければならない障害者の人数が法律で定められており、結局、私も私と同時に採用された人も、その法定雇用率を満たすための頭数合わせだったようです。

 
入社した当初は就職できた嬉しさで日々が充実していましたが、だんだん健常者との格差を感じるようになりました。
この企業の健常者は、皆、正社員か派遣社員でした。
どのような点に格差を感じたかというと、まず賃金でした。
健常者は固定給ですが、障害者はパート採用とあって時給制。
その金額は1000円でしたが、税金や厚生年金基金などの諸経費が天引きされてしまい、いくら頑張って働いても手取りで10万円という月が1度もありませんでした。
また、在職中に年末年始が挟まりましたが、これが9連休でした。

固定給の社員はその間を休んでも賃金に大きな増減はありませんが、私たち時給制の人間は、その9日分が出ません。
その保障すらありませんでした。

 
同僚も「これではワーキングプアだ」と漏らしていたぐらいです。
さらにそういった状況が悪化したのは、2013年4月の話でした。
ある日、総務の社員が物置だった部屋を片付け始めたので、何かと思えば、その部屋に私を含めて当時6人いた障害者枠採用の社員が移動させられました。
今となっては部屋の広さを具体的に覚えていませんが、決して広いとは言えませんでした。
電話回線はつながっておらず、エアコンの風もほとんど届きません。
夏場に上司が気を使って扇風機を設置してくれましたが、それでも不十分でした。
電話にしても、もともと障害者枠採用の社員は内線電話しか取れませんでしたが、どうしてもその内線電話で連絡をしなくてはいけないときは、わざわざその部屋から出て空いている席に置いてある電話を借りに行くという状況でした。

 
まさにそこは「追い出し部屋」で、私たち障害者枠採用の社員は蚊帳の外となっていました。
派遣社員に対してそのような冷遇はなく、その企業は自社の障害者より他社の健常者が大事という感じでした。
私たち障害者枠採用の社員がそのような状況になったと同時に人事異動で直属の上司が変わりましたが、私たちの業務を全く理解しておらず、ただ適当に仕事を与えるだけという人でした。
そのような状況では、当然、ストレスも溜まります。

 
しかし、給料はスズメの涙ほどなので、趣味に費やすお金もほとんどなく、ストレス解消はできませんでした。
そんなスズメの涙ほどの給料を、わざわざ毎朝満員電車に詰め込まれて都内まで行って稼ぐべきなのか、このまま平社員で飼い殺しにさえれたままおいて行くのか、こんなことがしたくて治療に専念し、働けるまでになったのかと悩む日々でした。

 

そのうちにとうとう精神的にふさぎ込んでしまい、1か月間、休職しましたが、それでももう出社する気が起きず、たった1年ほどの在籍でその会社を去りました。
その企業にいる間、ずっとやりたいこともまともにできず、また、自分の感情を押し殺して生きていました。
すっかり「喜怒哀楽」の「喜」と「楽」がなくなってしまい、心理カウンセリングに通ってカウンセラーの先生に話を聞いてもらい、それでその会社を去って2年が経った今になってようやく取り戻せた感じです。

 

世の中には仕事の量が多かったり、サービス残業の時間が異常に長いといった形でのブラック企業ばかりが目立っていますが、このように障害のある人間に対して差別的な待遇を与えるブラック企業も存在します。
今、私は体調も良くなり、再び就職活動を行っているところですが、またそのような障害者差別をするブラック企業に入ってしまうのではないかという不安はあります。
それでも、その企業で1年間耐え抜いたことを財産として、もしまた同じようなことになったとしても、しっかりしかるべき機関に相談し、私自身や、もし同僚がいたらその同僚を守れるようにやっていきたいと思っています。