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私はある旅客運送会社(おもにタクシー事業)に新入社員として入社したのですが、フロアでは毎日怒声が飛び交っていました。というのも、副社長がとてつもなく怒りっぽい人で、彼の怒声がオフィスに響き渡るのです。皆、副社長にびくびく怯えながら仕事をしていました。

半沢直樹というドラマで銀行の上司が机をバンバンと叩きながら部下を追い詰めようとするシーンがありますが、あれはドラマの中の話だと思っていたので、副社長がそうするのを本当に目の当たりにしたときはちょっとびっくりしました。

 
それだけではブラックとは言えないかもしれませんが、配属されてしばらく経ったある日、私は上司から自動車を買うように強要されました。朝、会社に行って、まだ始業前だったので準備をしていると、二人の上司が私の机を取り囲んできました。そして自動車を買うように迫ってくるのです。その内の一人がちょうど車を買い替えるらしいので、それを安い値段で売ってもらえというのです。十何年も乗ったボロボロで安全性が不安になるような車です。それを恩着せがましく売りつけてくるのです。

最初は冗談かと思って、笑顔で「結構です」と答えたのですが、その途端に彼の表情は一変し、「じゃあお前、これからどうやって仕事するつもりなの?」と怒り出しました。たぶんその上司としては、面倒な手続きを私に任せられるし、お金も入ってくるので一石二鳥だと思ったのでしょう。その場はなんとか切り抜けましたが、その後も事あるごとに車の話題を持ち出してきては、少しずつ圧力をかけてきます。他の先輩社員たちも使って、私を説得しようと試みてもいました。

 

あるとき、私は車を売りつけてきた上司に「それは強制なのですか?」と聞きました。すると彼は苦虫を噛み潰したような顔でごにょごにょと口を動かすだけ。決して「強制」とは言わないのです。それもそのはずで、そんなことを会社や上司が強制することはできないことが本人にもわかっているからです。しかし他の上司は「現実問題として」などという言葉を使って強要を続けてきます。もちろん、新入社員だった私には自動車を購入するようなお金もありません。その旨もはっきりと言ったのですが、「ローンでも何でも組んで中古で買えばいいじゃないか」などと、当然のごとく言われました。
もし業務に自動車が必要であったなら、社用車という形で会社が車を用意しているものだと思っていましたし、今でもそう思っているのですが、その会社で私のいた部署の男性社員は全員が自家用車を持っていました。だからお前も買えというのが上司の言い分ですが、しかしそれは、そういうパワハラに耐えることができた人だけが残っている会社だというだけであって、そうでない人はとっくに辞めていました。入社してわかったことですが、新入社員の3年間の離職率も5割近いです。

 

その会社ではさらに、管理職研修なる茶番があって、四十日間に渡って、朝の五時から夜の七時まで、一日の休みもなく働かされるというイベントがあります。それは主に子会社の社員が管理職になるために行われているのですが、本社の若手社員も参加させられます。そして本社の社員は、その管理職研修の他に自分の仕事があるのです。ですから、毎日その研修が終わった後に自分の仕事をやらなくてはなりません。上司もそれを手伝ってやるということがないのです。

毎日夜の十時や十一時まで働いて、そして翌朝はまた五時から研修を受けるのです。もちろん残業手当も一切ありません。そういった環境に耐えかねて、鬱病になって辞めていった社員も数多くいるそうですが、社内にはそういった人たちを馬鹿にする風潮が漂っていました。まず社長がそういった感じの人でしたから。もちろん私も含めた若手社員に役職なんてありません。それにもかかわらず管理職研修などというふざけた研修に放り込む会社の方針も理解できませんでした。

 
夜の十一時に呼び出されて、深夜二時までパトロールなる見回りを行なわされたこともありました。街を走っている自社のタクシーがちゃんとやっているのかを、街に出て観察するのです。そんなことを毎週末行なっているのですが、車のない私は退社したあとに、また再び夜の十一時に会社に行くわけです。車を持っていない私は公共の交通機関を使って会社までいくのですが、その交通費ももちろん出ませんし、パトロールも他の社員の方に乗せてもらって行くわけですが、「車を持っていないと、困るのはお前なんだぞ」という話になってくるわけです。
上司たちからすれば、もし私が車を買わなければ、自分が副社長から罵声を浴びせられるというのもあるのでしょう。だからなんとかして私に車を買わせようとしていました。私はもうその会社にはいませんが、「交通費は出ないけど、ガソリン代が出るから悪い話じゃないと思うけどね」と必死になって私を説得していた上司の顔を思い出すたびに怒りがこみ上げてきます。