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私が過去に勤務していたブラック企業のお話をさせていただきます。

 

私がにとってその会社は大学卒業後に初めて内定をいただき、初めて勤めた会社でもありました。
当時は郵便受けにA4サイズを紙の三つ折にしたくらいの封筒が入っているのを見ると、「また不採用通知か」と思うようになっていました。
しっかりと早くから就職活動をしていた大学の友人たちはもうとっくに内定が決まっていて研修が始まっていたような時期でしたので、
私はもうアルバイトでもしようか、という諦めに近い途方に暮れた気持ちでいっぱいでした。

 

その頃まではある程度、自分の得意とする分野や大学で学んだ専攻に近いものに関連する仕事を選んでいました。
会社もなるべく企業情報を詳しく調べるようにしていました。
しかし、不採用が続くなかそんな考えは捨てなければもうどこにも就職することができないと感じたので、今まで自分で決めていた希望職種の範囲を広げて
本当に適応できそうにない職種以外は全て検索して応募をしてみました。
求人サイトも大手求人サイトから中規模な求人サイト、マニアックな求人サイトなども使用するようになりました。
そんな中、ふと私にとってとても魅力的な求人目に飛び込んできました。
それは小さなメーカーでの販売促進品のデザイナーでした。私は幼い頃から物造りが大好きで、大学も東京の有名な美術大学に在籍していましたし、
もともとデザイン系で仕事を探していたので、給与は低いものの、文章を読む限り私には願ったり叶ったりな求人でした。
まずは書類審査でした。求人サイトで簡単に入力して応募するというもので、今までの就職活動からすると「こんな簡単でいいのかな」と思うほどでした。
その求人は中途採用の募集だったのですが、そこは新卒の「勢い」を利用して突破してみようという気持ちでした。
それでも今までのことがあるので「まあ、また落ちるだろう」と考えていた私に届いたのは「面接日のご案内」という件名のメールでした。
面接にたどり着くまでの確率の低さを知っていたので、とても驚きました。すぐに返信をし、いざ面接へ挑みました。

 

 

案内された場所は面接場所は会社の応接場のような場所でした。
面接に対応したのは社長と営業部長の二名でした。今思い起こせばこの面接からもうあの会社はブラック会社の匂いが漂っていた気がします。

 

まず、いつもと同じように軽く自己紹介をして様々な質疑応答をします。そこまでは普通だったのですが、
私の作品集を見せたあと、社長が口を開き「君はまだ未熟だ。とても幼稚な作品ばかりだ」と言い放ちました。
私は作品にはとても自信があったのでとても傷つきました。そしてその発言をうまく返すような返答はできないままその日は帰宅しました。
今日もだめだったかと思った矢先、すぐに一通のメールが届きました。なんとそれは先ほど面接を受けた会社の内定通知でした。
「メールで内定通知?」少し疑問を感じながらも、就職先みつかった嬉しさの方が上回っていたのですぐに内定を受ける旨のメールを返信して、
ついに勤務の日がやってきました。

 

初出勤をすると、ホコリがうっすらかかったパソコンと片付けられていないデスクとが用意されていました。
そして、仕事がスタートしました。契約書や就労規定などの提出もなく、内定通知すらもなく仕事が始まりました。
全てが初体験だったので全てを「こんなものか」と受け入れるようになりました。

 
しかし途中から何か少しおかしいかなと思い始めるようになりました。
まず、仕事内容に関する説明が一切なく聞いても曖昧な答えだけしか返ってきませんでした。
それでも仕事を頼まれるようになり、私は必死に手探りで仕事を探して覚えていくように頑張りました。
仕事内容はなんだか掴めてきたなと思ってきた頃、ちょうど初任給が振り込まれる頃でした。
私はその給与明細を見て驚きました。
なんと給料の振込手数料が給料から天引きされていたのです。この事は後に色んな人に聞いてみても、「そんな話聞いたこともない」と言われる程でした。

 

しかし手数料も50円だったので「ここの社員も皆そうなのだから、まあいいか」という気持ちでした。
そこで異様な会社だったと気付けばよかったのかもしれません。

 

そして1年ほどたった頃またあることに気付きました。私の後に入社してきた社員の方々が全員2ヶ月くらいで辞めていっているという事です。
デザイナーも営業も事務の人もです。残っている人を見渡してみると目の下にクマがあるような方々ばかりでした。
その頃から少し異変を感じはじめました。

 

異変を感じつつも仕事がこなせるようになってきていた自分に満足感を感じていました。
そして年月がたちあっという間に3年目に突入する頃になった時の事です。
デザイナーが一気に辞めてしまったのです。自主退社ということになっていましたが、

社長の個人的な理由で気に入らない人は精神的圧力をかけて精神的に追い込み自分から辞めるという言葉を言わせるということを会社がしていました。
どうやら、今まで辞めていった人たちもそれらのパワハラで辞めていった事を後から知りました。
後から本人から何と言われていたのかと聞くと「ここにいる社員はクズの低人間しかいないしお前もそうだ」「目障りだ」と言われていたそうです。
また、何度か社内で笑いながら「ここで働いているのは皆クズの底辺人間たちですから」や「給料がもらえているだけでも有り難いと思え。働かせてやってるんだ。」
等いつも大声で言い放っていました。

 

そして人が減りデザイナーは私一人になり、今まで分担していた仕事が私一人が処理することになり、いままでの
勤務時間では時間が足りなくなり一人で会社で朝5時頃まで仕事をしてデスクで仮眠をとり、朝七時起きてまた作業にかかるという生活が続くようになりました。
しかし、その会社は残業代が出なかったため日付を超える残業は好ましくないものとされていました。(しかし社長は残業を見て見ぬ振りでした。)
なので私は皆の出勤時間よりすこし早い時間にタイムカードを打ち、夜八時頃になると退勤したという体のタイムカードをうちました。

 
最終的には心身共にボロボロになり、私は重度のうつ病を患い会社へ通う事ができなくなりました。
はじめにうつ病になりましたと社長に告げた時、社長は「君がうつ病なら世の中皆うつ病だ」と私に言い、休ませてくれませんでした。
そして本当に体が動かなくなった時、見かねた医師が診断書を提出して労災申請をしたらどうだというをしてきました。
なので私は社長に労災の話をすると社長の態度が一変しました。なぜなら会社の業務での精神病の労災申請は会社にあらゆる捜査がはいってしまう可能性があるからです。
そして私はどうにか辞めることはできました。
もちろん有給はたくさん余っていたはずなのに、有給残数はゼロとなっていました。
うつ病にでもならなければ辞められなかった会社、今思うと洗脳されていたようでとても恐ろしく、辞められて本当に良かったと心から思っています。