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私は子供のころからアニメが大好きで、また、絵を描くことも好きで、得意でもあり、
学生の頃から、将来の夢はアニメーターでした。
中学では美術部に入り、部長を務め、県の絵の展覧会などでも賞を頂いていました。

 

成績はクラス上位3分の1の中には入れる、という程度でしたので、
高校は自由な校風にも弾かれ、県立の進学校に入りましたが、大学受験は一切考えず、
東京アニメーター学院と言う、アニメ業界で働く人材を育てる専門学校に入学。
2年間技術を学び、アニメ業界に足を踏み入れました。

 

私が就職したのは、アニメ制作会社の下請け大手、という位置づけの制作スタジオです。
有名なアニメの動画や原画を下請けし、テレビや映画のテロップにも良く出てくるスタジオでした。
私が好きなアニメの制作もしていたのと、下請けの中では有名で規模も大きかったので
このスタジオを希望し、採用となりました。

 

名前は社員ではありますが、待遇は、机を借りているだけのフリーアニメーターの状態です。
固定給は一切なく、1枚いくらの出来高制です。
もちろん、社会保険もなければ厚生年金もあるはずがありません。
今思えば、社員と言っても、契約社員でも正社員でもなく、
口約束社員というのが適切かもしれません。
面接で採用OKになったら、そのスタジオに席を借りて、新人はベテランから技術を学びながら仕事を仕上げていくのです。

 

それは、アニメ業界のなかではむしろスタンダードで、固定給のあるアニメスタジオは、
アニメに詳しくない人でも知っている、超大手のみで、そこへ就職するのは至難の業でした。

 

このスタジオが、というよりも、アニメ業界全体がブラックであることはわかっていました。
長時間労働、収入が低い、上に上がるのが困難、というのは、とても有名な話です。
そのスタジオが、とりわけアニメ業界の中でブラックというわけではありませんでした。
専門学校の友達も、たくさんの人がそれぞれアニメ業界に入っていきましたが、どこも似たようなものでした。

 

具体的に、どのあたりがブラックかというと、
まず第一に、収入が本当に低いのです。
1枚いくらと書きましたが、アニメーションは、CGアニメではない場合は、1枚1枚紙に鉛筆で絵を描いて動かしていきます。
パラパラ漫画を、とても精巧に作るような感じです。
その1枚がいくらと決められています。
大手制作会社が例えば1枚250円で動画を下請けにおろすとします。
下請けで働くアニメーターたちは、所属スタジオがマージンをとった残りの金額が自分の収入になります。
私が働いていたスタジオは、1枚150円~180円が相場でした。
そして、下請けがさらに下請けに仕事を回すこともあります。
この場合、その下の下請けで働くアニメーターたちの1枚の収入はさらに低くなります。
私の友人では、1枚80円という人もいました。

 

新人は、1か月にどんなに頑張っても、せいぜいが300枚程度です。
当然これでは食べていくことができません。
皆、仕送りを貰いながら、もしくは学生時代にアルバイトで貯めた貯蓄を削りながら、見習い期間を過ごしていました。
私も、収入が低いことはわかっていたので、バイト時代の貯蓄を削って生活していました。

 

新人は動画という作業から入ります。
この動画は、どんなに上達しても、1か月1000枚を超えるのはかなり困難です。
ちびまる子ちゃんのように、線が少なく単純な物ならば可能かもしれませんが、
そんなアニメばかりではないのです。
私の最高の枚数は、800枚でした。
どんなに上達しても、動画だけでは、食べていけないのです。
そこから自分で年金や保険料を払い、一人暮らしなどで家賃、光熱費も出すとなると、生活費は殆どなくなる、もしくはマイナスです。

 

そして、収入が低いだけではなく、とにかく拘束時間が長いのです。
アニメーションは、企画開発、演出、絵コンテなどが決まらなければ、実際に絵を描く作業には入れませんが、
この作業が、常にギリギリなのです。
結果、映像を作る立場のアニメ業界の人たちは、自分がどんなに頑張ろうが、常に「いつでも繁忙期」状態。
次から次へと締め切りギリギリの仕事が舞い込みます。
そういった作業の管理を担当する、制作進行という仕事もあるのですが、
私は決してさぼっているわけでもなく、仕事はむしろ早い方でしたが、背後に立たれて「お願いします」と頭を下げられ急かされたこともあります。

 

そして、アニメ業界人は夜型の人がとても多く、
スタジオは10時から18時までが定時という決まりがありましたが、午後から来て夜中までやる人も多かったです。
勝手にフレックス制度を導入しているとでも言いましょうか。
それでも、腕の良い人は、何も言われないのです。
そうなると、新人は定時に帰ることがなかなかできませんし、
仕事が山盛りなので、そもそも定時に帰ったら間に合いません。
結果、毎日夜の10時11時は当たり前。
本気で締め切りが危ない仕事が舞い込むと、徹夜も当たり前でした。

 

こんな状態なので、好きな仕事を続けるために、副業で収入を補うことも不可能です。

大抵の人が、体力、精神力、そして金銭的に疲弊して、辞めていく業界です。
私も同じでした。
長い時間机に座って、常に締め切りに追われていると、一体何のために自分が生きているのかわからなくなります。
この仕事が好きで始めたはずなのに、苦痛以外の何者でもなくなってしまうのです。
ストレスが溜まっても、それを発散する時間もお金も余裕もありません。
休みは1年間通して日曜日だけ。お盆と年末年始は、合計で1週間程度のお休みがありますが、それ以外はずっと仕事です。

 

ストレスと疲れで、生理不順にもなりました。
当然運動不足にもなります。
食生活も乱れ、健康を害します。
それでも、若いから、なんとか乗り越えていました。
だけど、1年で、結局挫けてしまいました。
辞めようと決断するまでは、とても苦しかったです。
仕事そのものは、とてもやりがいのあるものでした。
自分が描いた絵が、テレビ画面で動き、エンディングではスタッフとして名前も出るのです。
初めて自分の絵をテレビで観た時は、本当に感動しました。
だから、自分が精神的にもちょっとおかしい、意味もなく泣けてくる、という状態でも、
なかなか辞める決断ができなかったのです。

 

だけど、いよいよ、このまま続けていたら、ダメだなと自分でも思えるようになりました。
そして、スパッと「私にはこの業界で続けることは無理だ」と、やっと諦めることができたのです。
その決断をした時、初めて笑顔になれたような気がします。

 

辞めることを上司に伝えると、引き止められました。
私は、自分で言うのも何ですが、同期の中ではかなり仕事のできる人材だったのです。
同期は20人くらいいました。
私が辞める前に残っていたのは、半分以下です。
その中でも、私は仕事が早く、そして奇麗に描ける人材だったのです。

 

今だったら、こんな劣悪な状態で、引き止めるなんて言語道断と心から思えます。
引き止めがあることは、先輩から聞いていたので知っていました。
でも、私は一度決めたことは簡単には覆さない性格で、しかも、このままここにいたら自分が壊れるという危機感もありました。
長々と、考え直してほしい、秘密であなただけ1枚単価を上げても良い、
そろそろ原画見習いにしようと思っていたなど、条件と提示され、二人がかりで引き止められましたが、
私の決意が強いことは、案外早く伝わったらしく、最終的にはその日のうちに「わかりました」と了承してもらえました。
人によっては、曖昧に答えてしまい、家にまで押しかけられることもあったそうです。

 

このような業界なので、
続くのは、本当に根性がある人、情熱のある人、極貧生活でも耐えられる人、あるいは親などの金銭的な援助がある人、
そして、実力のある人のみです。

 

アニメ業界は、非常に危うい状態で、もう何十年も続いているのです。
それは「アニメを作りたい。良い作品を世に送りたい」という、情熱で保たれていると言っても過言ではありません。

 

そんなことで良いのかと、ずっと思っています。
アニメ業界で儲かるのは、キャラクター商売をしている版権元や、オモチャ業界、
そして、超大手制作会社のほんの一部の人たちだけです。

 

実際にアニメーションを作る人たちは、このようにブラックな環境で酷使されています。
そのため、人材が集まらず、海外に外注するのが、今のスタンダードになっています。
でも、それでは、将来的には企画、演出のみ国内で行い、制作は全て海外となり、
そのうち海外の方から強気の価格交渉が入り、立ち行かなくなるのではないかと思っています。

 

アニメは今でも好きです。
子供たちが楽しんで観ている横で、自分が仕事をしていたことを懐かしく思い出したりします。

だけど、現場を知っているだけに、アニメ業界そのものを改革してほしいと思います。