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大学卒業後、私はイベント制作会社へ就職しました。
元々、その会社が運営するイベント施設のスタッフとしての採用でしたが、人事異動により本社の企画部への配属となり、イベント企画の仕事を行っていました。
テレビ、雑誌、音楽、舞台関係、イベント各種の制作会社。エンターテイメント業界は世間一般が指す「ブラック業界」であることは言う間でもありません。華やかな業界の表舞台の裏では、多くのボロボロのスタッフが屍となって支えています。
イベント制作会社で企画部に配属された当時の私の仕事内容とは、まず主催者(クライアント)から、どんなイメージ・テーマで行いたいのか、全体の予算、ターゲットにしたい性別年齢層、その他提示される条件をもとに、企画を提案・実行します。企画(イベント名や出演タレントや会場デザインなど)を考え提案し、クライアントへの提案が通れば、各事務所や業者へ交渉と発注、当日までの運営スケジュールの管理、会場図面や台本の作成も行いました。大手の会社では作業が分担・細分化しているのかもしれませんが、私の会社は小さな会社で、常に人手不足でしたので、企画が通った後は、基本的には担当者がひとりでこのような業務を行っていました。
企画が動き出してから当日を迎えるまでの期間、その企画に関わる多くの業者に常に連絡をしながら企画を取りまとめていくので、かなりの忙しさです。しかも、ひとつの企画につきっきりになれるのならまだ良いのですが、大抵は同時にいくつもの企画を担当していたので、常に時間に追われていました。終電の日々が続きました。肌はボロボロになり、夜中の食事で体重も増えました。
デスクワークだけでなく、現場に行って直接指示を出し現場をまとめる役も行います。現場で動くのは音響・照明・大道具などの技術班ですが、現場はとにかく恐かったです。イベントはやり直しがきかない一発本番のものですし、準備中も、気を張っていないと機材やセットで大怪我することもあるので、常にピリピリしていました。指示を出すのに少しでもモタモタすれば怒号が飛びます。技術班は体育会系で職人肌の人が多かったので、「バカヤロー」「何しに来ているんだ、やる気あるのかテメー」などの怒号が飛び交い、物が飛んでくることもありました。私はそんな空気に慣れることが出来なかったので、現場に行くのは苦手でした。
残業が月100時間を超えることはめずらしくありませんでした。残業代は出ていましたが、給与明細を見ると実際の残業時間よりも時間が減らされていました。イベントの会社なので本番日に合わせての休日出勤は当然ですが、他の企画も抱えていれば時間もなく、代休としてべつの日に休みを取る余裕もないのです。ボーナスはありません。それでも、業界のなかで見れば私はまだ良いほうで、もっと過酷な条件や環境で働いている業界の人たちはたくさんいました。
不規則な生活で体を壊す人はもちろんいますが、精神的な病気になる人もかなりいるのがこの業界です。実際、当時私の上司だった企画部課長は若いころから鬱病を患っていて、私が異動して来た数ヵ月後に鬱病を再発、その後半年間会社に来なくなりました。自分たちの仕事だけでなく、課長が持っていた仕事を部下である先輩と私でこなすのはまさに地獄でした。温厚で気の優しい性格の先輩がだんだんと、常にイライラしながら何かをぶつぶつと呟くようになり、こうして人は精神が病んでいくのかと、目の当たりにしました。私の同期でも、ある日突然姿を消し音信不通になった人がいましたが、それもめずらしいことではないようで、特に大騒ぎにもならずにすぐに新しい人を募集・採用していました。
また、私自身がタレントのセクハラ行為にあったこともありました。こちらから出演依頼をし、進んでいる企画なので、我慢して上手くあしらうしかありません。自分が女性として、このことが精神的に最も辛い経験でした。これが大きなきっかけとなって、私は転職することになっていきました。
イベントの企画をし、準備を進め、当日に無事成功させた後の達成感と気持ち良さは、大きなものでした。足を運んでくれたお客さんが楽しそうにしている姿を見て、クライアントに満足してもらえ、関わっていた他の業者の人たちとも成功を喜びあえたときの満足感は、得難いものでした。しかしその達成感と満足感を得るために、死ぬ物狂いで時には身と心を削って、仕事中心の生活を送ることが必須でした。エンターテイメント業界でも、ブラックではない会社はあるかもしれませんが、おおよそがブラックであることに間違いありません。残念ながら、ブラック企業前提で臨まなければ出来ない仕事です。
ですので、この仕事はとにかく好きでないとやっていけないと思います。業界の転職率は高く、人の入れ替わりが激しいです。辞めずに残るのは、お金のために働くのではなく、その仕事がとにかく好きだからという人がほとんどでした。あとは慣れてしまってブラック自体がもはやわからなくなっている人たちです。
私は上記のこと以外にも様々な理由があって会社を辞めましたが、エンターテイメント業界の制作の仕事は内容的にも労働条件的にもきつい仕事なので、もうあの仕事は出来ないなと思っています。人にも勧められません。
しかしそうして転職した現在、私はある劇場で事務と受付の仕事に就いているので、あの頃の「多くのお客さんを楽しませる、喜ばせる達成感」を忘れられずにいるのかもしれません。